留学体験記

2026.07.10

【カナダ留学】クイーンズ大学|Amazonから独立し、世界と日本をつなぐ起業家へ(後編)

クイーンズ大学

Kinesiology

梅野 浩介さん

アメリカの名門雑誌で取り上げられた起業家

現在、梅野さんはGlobaliveのFounder & CEOとして、海外のAdtech企業の日本進出を支援されています。

アメリカの名門雑誌Business Insiderでも、Amazon出身で広告・マーケティング領域のスタートアップを立ち上げた起業家の一人として取り上げられるなど、グローバルなビジネスの最前線で活躍されています。
(記事はこちら

Amazon出身の起業家23人を特集したBusiness Insiderの記事
Globalive創業者兼CEO・梅野氏の紹介ページ

この記事では、いくつもの環境変化と挫折をくぐり抜けながら、成功する起業家まで駆け上がった梅野さんのストーリーを探ります。

(前編の続きです。前編はこちら

アプリ企業での挑戦

東京での就活を経て梅野さんが選んだのは、アプリを開発する企業の海外事業部でした。英語を活かしながらIT領域に関われる環境は、梅野さんにとって魅力的に映ったそうです。

入社後は英語を駆使しながら朝から晩まで働く日々。そんな中で転機をもたらしたのが、一人の先輩との出会いでした。

「スポーツビジネスをやらないか?」

その言葉をきっかけに、二人は出社前の朝に会社のカフェに集まり、1年近くにわたってブレインストーミングを続けるようになりました。ちょうど日本でFacebookやTwitterが広がり始めた時期だったこともあり、「スポーツ系のクローズドSNSを作ろう」というアイデアが生まれました。チーム内でデジタルコンテンツを共有できるサービスを立ち上げようという構想です。


独立後、極貧の日々

このプロジェクトをきっかけに、梅野さんは個人事業主として独立。Globaliveという名前で活動を始めました。

しかし現実は甘くありませんでした。当時の日本のスポーツビジネスは不況にあえいでおり、朝から夜まで提案書を作り、営業に走り回っても、得られる収入はわずかなものでした。

「最高でも月に10〜15万円くらい。それでも労働時間は朝から晩までで、冬は寒さで眠気を飛ばすためにわざとキッチンで寝て、1〜2時間で目を覚ますようにしていた。」

それでも自分で営業を仕掛けて提案書を作り、少しずつ仕事を受注できるようになっていく。その過程には確かな成長の実感があったと、梅野さんは振り返ります。


東日本大震災と、価値観の再考

しかし2011年、東日本大震災が起こりました。

多くのクライアント企業が「マーケティング活動を自粛」という状況に追い込まれ、受注は激減。大きな打撃を受けた梅野さんは、改めて立ち止まり、自分にとって何が大切なのかを問い直しました。

そこで整理した軸は3つ。「給与」「外資(英語)」「新しいもの」。

そのタイミングで舞い込んできたのが、外資系旅行代理店の広告事業部からのオファーでした。ちょうど立ち上げ期で、国内広告事業の最初のメンバーとして招かれたのです。

                                                  クイーンズ大学同期2006年組の写真

外資系企業で掴んだ「英語と収入」

入社してすぐに感じたのは、「英語が当たり前の環境」でした。上司はアメリカにいるため、毎日がグローバルそのものだったそうです。

しかも営業職としてインセンティブ制度も整っており、梅野さんは驚いたといいます。

「ベースが600万円。それまで個人事業主として必死に働いても年収200万円とかだったから、正直びっくりしました。」

個人事業主時代にとてつもなく働いてきた経験が活き、担当する広告売上は莫大に伸びていきました。


「最先端に触れたい」 ― Amazonへ

しかし広告業界のトレンドは常に移り変わり、在籍していた会社の手法も次第に古くなっていきます。再び、梅野さんの中で火がつきました。

「もっと最先端のマーケティング技術に触れたい。」

そんな時、元上司からAmazonを勧められます。採用ページを開くと、そこにあったのがDigital Advertisingのポジションでした。

「どんな事業かは入るまで誰も教えてくれなかった(笑)。」

それでも飛び込むことを決め、見事Amazonに入社。

しかし、入社初日からカルチャーショックを受けたそうです。

「(いい意味で)宗教的だなと思った。OLP(Leadership Principles)というAmazon独自の理念があって、社員がそれを体現しているんです。」

特に印象に残ったのが、スライドを使わずWordだけで説明するというルールでした。

「スライドってイメージでかなりごまかせる。でもWordは思考力が問われる。考えていないと絶対に書けない。」

周囲には世界中の優秀な人材が集まり、取引先は大手企業ばかり。毎日が刺激の連続だったそうです。

オフィスの交流イベントで、飲み物を手に笑顔を見せる梅野氏

「Earn」か「Learn」か

Amazonでキャリアを積みながら、梅野さんは次第に転職における自分の指針を持つようになりました。

「転職先を選ぶときは、Earn(お金を稼ぐ)かLearn(学べる)か。どちらを優先するのかを明確にすべき。自分がやりたいこと、学びたいことをハッキリさせておかないと、結局は流されてしまう。」

次のステップとして見えてきた選択肢は2つ。昇進か、アメリカでの新たな挑戦か。

シアトルとサンフランシスコの2つのポジションの面接を受け、両方に合格。実際に両都市を訪れて、勤務先を決めることにしました。

「2月に行ったんだけど、シアトルは雨が多くて寒い。だからサンフランシスコの方がいいなと思って、そっちに決めました。」


アメリカ赴任 ― 覚悟と不安の中で

Amazon Japanでの実績を評価され、ついにサンフランシスコへの赴任が決まりました。しかしその裏には、大きな不安と覚悟がありました。

家族は英語を全く話せず、奥さんはお腹に第二子を抱えた妊娠8ヶ月目。

「アメリカは全く違う。仕事も生活も、全部自分で覚えて調整しないといけなかった。正直、最初は本当に大変だった。」

赴任後に担当したポジションはProduct Manager。日本での職種とは全く異なり、チームマネジメントから戦略設計、データ分析まで責任範囲は極めて広いものでした。最初はただ仕事の内容を理解するのに必死だったそうです。

2019年の年末、ようやく生活にも仕事にも慣れ始めてきた頃、世界を変える出来事が起きます。


コロナ禍で気づいた「自分にしかできないこと」

2020年、コロナによるパンデミックが襲いました。

オフィス勤務が禁止になり、奥さんが入学予定だったコミュニティカレッジも中止に。やっと慣れてきたタイミングで、全部止まってしまいました。

しばらくして落ち着いてくると、梅野さんは現地のスタートアップのミートアップに顔を出すようになります。コロナ禍でも積極的に集まる起業家たちのコミュニティで、梅野さんはある問いを繰り返し受けました。

「"日本で成功するためにはどうしたら良いのか?"って聞かれて。その質問に答えられる自分がいた。あ、もしかしてこれは自分にしかできない仕事なんじゃないかって思ったんですよね。」

そこで気づきます。

「Amazonを辞めても代わりはいる。でも、スタートアップの日本進出を手伝える人間は、自分しかいない。」

言語を超えて、文化ごと理解し、橋渡しできる力。それは長年海外で過ごしてきた梅野さんだからこそ培われたものでした。

「アメリカ人が日本人を理解するには、"理屈"じゃなく"感覚"の部分が大きいんです。このタイミングではっきり言う、この場面では待つ。そういう"文化的リズム"を説明できる。それが自分のバリューだと気づいた瞬間でした。」

起業 ― Globalive、再び

コロナ禍の最中、梅野さんはアメリカにいながら日本で会社を登記しました。社名は個人事業主時代の屋号をそのまま使い、Globalive

Globaliveは主にAdtech(アドテック)領域でのマーケティングソリューションを提供しています。日本のメディア企業やテクノロジープラットフォームを中心に、最新ツールの導入やデジタル広告事業の拡大をサポートする会社です。

Globaliveのロゴ


クライアントの多くは、これまでのネットワークから自然と広がっていきました。

「今までは"他人のものを売る"立場だったけど、これからは"自分で売る"ことをしたいと思った。マーケティングをやっている人間なら、"どう売るか"はわかってる。だったら、自分たちの商品を作ればいい。」

そうして次々と新しい事業を立ち上げ、恵比寿では、毎日大繁盛のスナック「支えあい」や、自社ブランドの抹茶ドリンクの店「Summer Studio」もオープン。従来のカフェではなく、コミュニティ形成の場としてDJが音楽を流しながら抹茶ドリンクを提供しています。

「日本では、カフェやレストランで人と仲良くなることはあまりない。だから、コミュニティが作れる場所を創りたかったんです。」

新しい市場を自ら作り、そこでブランドを育てていく。梅野さんらしい発想です。


仲間と社員への思い

「目標は、社員の平均年収を3,000万円にすること。」

梅野さんはそう言い切ります。経営で最も大切にしているのは、社員が「楽しいと思える環境」だそうです。

「仕事って1日の大半を占めるじゃないですか。だったら楽しくないと意味がない。」

また、エンジェル投資も積極的に行っており、多くの事業にも出資しています。

「人の夢や挑戦もサポートする。それが自分にできる一番の形だと思ってる。」

自分が留学で多くの人に助けられてきたからこそ、自分自身も多くの人を助けたいと思うようになったそうです。

公園の切り株に腰掛けるGlobalive創業者兼CEOの梅野氏

留学を目指す人へのメッセージ

最後に、これから留学を目指す人へのメッセージを聞きました。

「留学と恋は、どっちもするべき。」

迷いのない即答でした(笑)。

また、留学生を増やすためには2つの課題があると梅野さんは言います。「行動に移せない人をどう動かすか」と「お金の問題をどう解決するか」。Beyond Japanの奨学金制度のような取り組みが、まさにその課題に向き合うものだと感じました。

そんな梅野さんにとって、留学とは一言で言うと何でしょうか。

「どこでも生きていける自信をくれるもの。」

ロッカーに隠れていた少年が、カナダ、日本、アメリカで、文化を超えて活躍してきた。梅野さんの歩みは、行動した先にしか手に入らないものがあることを教えてくれます。