
留学体験記
【アメリカ留学】コミカレからイリノイ工科大学編入|日本のレールを降りて、17歳でアメリカへ 高卒認定を経てシカゴの工科大学に合格
イリノイ工科大学
機械工学(Mechanical Engineering)
Yさん
「空気に合わせる」違和感から始まった問い
― Yさんの原点と進路の分岐点 ―
Yさんは2007年生まれ。
山梨県甲府市で育ちました。
小学校受験を経て、地元の国立の小学校に進学。そのままエスカレーター式で中学校へ進みます。周囲と比べて治安もよく、落ち着いた環境でした。
家庭では、勉強について強く叱られることはほとんどありませんでした。
「これをやりなさい」と指示されることもなく、やりたいことを尊重してもらっていたといいます。過度な期待やプレッシャーとは、無縁の環境でした。

初めて直面した「日本の受験」とコロナ
転機が訪れたのは高校受験です。
その時期はちょうどコロナ禍。家で一人、勉強を続けなければならない状況でした。中学3年から体調を崩しがちになり、学校に行ったり休んだりを繰り返す日々が続きました。
進学した高校は県内でもレベルが高く、お姉さんと同じ学校。
自宅から近いことも決め手でした。
しかし、体調が悪い日々が続き、高校1年生の時は進級できるのかギリギリくらいの出席でした。
高校1年生の時、日本の大学受験を見据えて勉強をものすごく頑張りました。でも、ふと我に返った時、
「この勉強を続けたいのか。本当に日本の大学に行きたいのか」
と疑問に思うようになったと語ります。
そして、高校1年生の終わり、進級を目前にした1〜2月頃、
両親の提案で体調を考慮し、通信制の高校に通うことになりました。
ずっと頭の片隅にあった「留学」
実はYさんの中には、以前から「留学したい」という気持ちがありました。
母親が過去にアメリカに留学していた経験があり、お姉さんも国際教養を学んでいました。
一人で過ごす時間が増え、その中で「本当に自分がやりたいことは何か」を考えるようになります。
そこで辿り着いたのが、高卒認定試験、そして飛び級してアメリカの大学に進学するという選択でした。
「海外に行って、今の自分の環境を変えたい」
そう考えるようになっていきます。

高卒認定を目指す
形式上は通信制高校に在籍しながら、高校2年生の時に高卒認定試験に合格。
そして留学先を検討していると、UCバークレーへの編入率が高いDiablo Valley College(DVC)を見つけました。
当時はUCバークレーを目指していたことから、DVCに進学することを決断します。
渡航前の時間は、不安よりもワクワクの方が大きかったといいます。
東京で一人暮らしを経験していたこともあり、
「親元を離れる」こと自体には、そこまで抵抗はありませんでした。
「初めてのアメリカ生活。楽しみの方が強かったです」。
留学スタート、Diablo Valley Collegeでの生活
DVCに通い始めてから、Yさんの生活は一気に広がっていきます。
特に印象的だったのが、数学の授業でした。
グループワークを積極的に取り入れる教授で、
そこから自然と会話が生まれます。
Office HoursやStudy Spaceに一緒に行くようになり、
それが日常になっていきました。
「授業で、すぐ友達になりました」
Yさんは年齢が少し下だったこともあり、
周囲の学生たちに可愛がられることが多かったそうです。
勉強を教えてあげることもあれば、
生活面で助けてもらうこともありました。
また、Yさんが何度も口にしていたのが、
アメリカの人たちの“優しさ”です。
「びっくりするくらい、みんな優しかった」
見返りを求めない親切に、何度も助けられました。
「アメリカ人の性格が、すごく好きでした」
この感覚は、Yさんにとって
「ここに来てよかった」と思える大きな理由の一つになっていきます。

名門の工科大学への編入を目指して
YさんはDVCでは珍しく、1年でカリフォルニア州外に編入することになります。
DVCの初学期では17単位を取得し、それと同時に奨学金を貰いながら編入できる大学をリサーチしていきます。
課外活動としては、Japanese Associationという日本人会のMedia部門で1年間活動したり、ASDVCというボランティアを開催するクラブで活動をしていました。
そして、2学期目は同等の単位数を取りながら、エッセイを書くことに集中しました。
様々な大学をリストアップし、テキサスやアリゾナの大学にも出願しました。
そして見事、イリノイ工科大学(Illinois Institute of Technology)というシカゴにある理系の大学に奨学金付きでの編入合格を果たします。

イリノイ工科大学での生活
DVCから編入して、これまでとは全く違う環境に飛び込んだことで、たくさんの新しい経験ができました。新しい大学で学び、さまざまなバックグラウンドを持つ人たちと出会う中で、自分の世界が大きく広がったと感じています。
もちろん、最初からすべてが順調だったわけではありません。振り返ってみると、編入直後は大変なことも多くありました。
DVC時代はアパートで個室に住んでいたため、自分のパーソナルスペースがしっかり確保されていました。一方、編入後は寮生活が始まりました。しかも、出願が遅れたこともあり、Freshmanと同じ寮に入ることになりました。
「寮が、動物園みたいになることもありました(笑)」
宗教も文化も、育ってきた環境も全く違う人たちとの共同生活。最初は戸惑うこともありましたし、自分の当たり前が通じないこともありました。
でも、そんな環境だったからこそ、友達ができるのも早かったと思います。楽しいことも、辛いことも、一緒に経験する中で、自然と距離が縮まっていきました。
今では、悩み事があれば相談できたり、一緒に旅行に行ったりできる、大切な仲間ができました。大変なことも含めて、こうした経験があったからこそ、自分自身も成長できたと思います。
振り返ってみると、DVCからここへ編入して、新しい環境に挑戦して本当によかったと感じています。
後に、シカゴからカリフォルニアに帰省したとき、
「とりあえずうちに1週間住みなよ」とDVC時代の友達が家に住まわせてくれたり、空港まで迎えに来てくれたりしました。
見返りを求めない親切に、何度も助けられました。
アメリカにて改めて気づいたこと
「違う文化を否定しないで、違う価値観を受け入れている」
アメリカで生活していて、そんな空気感を強く感じるようになりました。日本とは、かなり違うと感じた部分です。
政治の話をすることも多く、良くも悪くも、自分の意見をはっきりと言う人が多い。時には、友達同士で議論がヒートアップすることもありました。
「人前でも、こっちの人は本当にはっきりと自分の意見を言います」
最初は、そこまで率直に意見を言って大丈夫なのかと驚くこともありました。でも、意見が違うことと、相手を否定することは別なのだと、少しずつ分かるようになりました。
自分と違う意見を持っているからといって、その人を否定する必要はない。むしろ、「あなたはそう考えるんだね」と受け入れた上で、自分の意見も伝える。
そんな環境で過ごすうちに、Yさん自身も少しずつ、自分の考えを言葉にすることに自信を持てるようになりました。
「周りと違ってもいい。自分はこう思う」と、自分らしくいること。その大切さを、アメリカでの生活を通して学んだように思います。
クリスマスには、ルームメイトがスヌーピーのぬいぐるみをプレゼントしてくれました。新しい環境でできた友達からの思いがけないプレゼントが、とても嬉しかったのを覚えています。
そして、離れて暮らすようになって、改めて家族の大切さも感じるようになりました。
おばあちゃんが買ってくれた、少し良い時計。
両親が段ボールいっぱいに詰めて送ってくれた仕送り。
一つひとつは小さな出来事かもしれません。でも、遠く離れていても、いつも自分のことを気にかけ、支えてくれている人がいる。そのことを実感する瞬間が何度もありました。
新しい環境で大変なことがあったときも、友達や家族に支えられていると感じられたからこそ、前を向いて頑張ることができたのだと思います。

編入後の学業
―「座学」から「手を動かす」学びへ ―
DVC時代は、オンライン授業も多く、
内容もどちらかといえば座学中心でした。
しかし、編入後は環境が一変します。
「全部対面になりました」
特に印象的だったのがロボットを作るクラスです。
授業時間だけでは終わらず、授業外でも作業が続く。
夜遅くまで作業することもありましたが、
その時間は「大変だけど、楽しかった」と振り返ります。
DVCでは理論として学んでいた内容を、実際に手を動かして形にしていく。
「今は、ちゃんと“工学をやっている”感じがあります」
生活リズムと、外に広がる世界
月曜から木曜は、授業と勉強が中心。
金曜・土曜は、ボランティアに参加したり、外に出たりする時間に充てていました。
通っている大学は私立で、規模も比較的小さめ。その分、人との距離が近く、
「知り合いを増やしやすい環境」だったといいます。
また、特に印象に残っているのが、教会でのボランティアです。
そこでほかの大学の学生や、現地の高校生とも出会いました。
「年齢もバックグラウンドも全然違う人たちと話せるのが楽しかった」
勉強だけでは得られないつながりが、少しずつ生活の中に増えていきました。

定期的に訪れる将来への悩み
編入後、環境が大きく変わったことで、定期的にホームシックにもなりました。
特に強くなるのは、学業面での不安や将来が見えなくなったとき。
「あと2年で卒業できるのかな」
「大学院に行きたいけど、お金は大丈夫かな」
「就職は、日本? アメリカ?」
考え出すと、不安は次々に浮かんできます。
Fall 2027に3年で修了。
64 Unitsを修了し、そのうち50 Units以上をTransferできています。
Illinois Techにはプラス1年でマスターをとれるプログラムがあるので、
Fall 2028に修士号をとって卒業予定です。
数字としては順調でも、気持ちが追いつかないこともありました。
「時間が解決する」という実感
そんなとき、Yさんが頼ったのは「時間」と「人」でした。
「たくさん人と話して、感情を外に出しました」
無理に答えを出そうとせず、感情が落ち着くのを待つ。
そうしているうちに、少しずつ気持ちが前に向いていったといいます。
編入後も、成績は好調でした。
「オールAを取れたときは、すごく嬉しかったです」
でも、だからといって、自分に自信があるかと言われると、そうではありません。
「テスト前は、いつも不安です。まだできていない、もっとやらなきゃいけない、と常に思っています」
その不安こそが、努力するための原動力になっていました。
テスト前に一気に詰め込むのではなく、授業で一度理解した内容を、何度も繰り返し演習する。
「自分が『分かった』って納得できるまでやる」
大切にしているのは、点数よりも「理解すること」。その結果として、Aが取れれば、なおさら嬉しい。
不安だからこそ、手を動かし続ける。
「まだ足りない」と思うからこそ、もう一度問題を解く。
それが、今のYさんの学び方です。

アメリカ国内旅行
留学生活の中でYさんが楽しみにしていたことのひとつが、「旅行」でした。
ワシントンD.C.に行ったり、ロサンゼルスを訪れたり。
特に印象に残っているのは、シカゴからワシントンD.C.まで17時間かけてバスで向かった旅です。
「ちょっと危ないけど、楽しかった」
時間も距離もかかる移動でしたが、それでも行ってみたかった。
「やったことのないことに挑戦したい」。
その気持ちは、留学生活のさまざまな場面で共通していました。
留学生活を振り返って
振り返ると、留学生活は必ずしも楽しいことばかりではありませんでした。
ホームシック。
学業への不安。
将来への迷い。
それでも、時間が経つにつれて少しずつ整理されていったといいます。
「時間が解決してくれる部分も、確かにあります」
悩んで、話して、それでも日々を続ける。
その積み重ねが、今の自分につながっていると感じています。

これから留学を目指す人へ
「違いを楽しむ準備をしておくといいと思います」
文化、価値観、生活習慣。日本とは違うことがたくさんあります。
「文化が違うことは分かっていたけれど、実際に生活してみると、想像以上に違うことがたくさんあって、驚くこともありました」
でも、その「違い」こそが、留学の面白さでもあるといいます。
自分の中の「当たり前」を少し横に置いて、「そういう考え方もあるんだ」と受け入れてみる。そうすることで、今まで知らなかった価値観に出会い、自分自身の考え方も広がっていきます。
学業面については、
「日本でしっかり高校教育を受けていれば、そこまで心配しなくても大丈夫です」
と話します。
もちろん、授業についていくための英語力は必要です。特に、先生の話を聞いて内容を理解できるように、渡米前から英語にはしっかり慣れておくことを勧めています。
「最初は分からないことがあっても、生活していくうちに少しずつ慣れていきます。だから、あまり構えすぎずに、ぜひ挑戦してみてほしいです」
違う文化の中に飛び込むことで、新しい友達に出会い、自分の価値観を広げ、今まで知らなかった自分にも出会える。
留学は、英語を学ぶだけではなく、自分の世界を広げる経験なのかもしれません。

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