留学体験記

山で育った野生児が、演劇に魅せられ世界へ飛び込むまで

2026.03.24

    山で育った野生児の幼少期

    平体花(ひらたい はな)さんは、東京で生まれ、神奈川県の湘南で育ちました。

    花さんは幼稚園にも保育園にも通っていません。お母さんが「花を山で育てたい」という想いから、自主保育を行っている神奈川に引っ越したのだそうです。幼稚園のように決まった場所があるわけではなく、毎日山に集合して山登りをしたり、裸で田んぼに入ったり。喧嘩をしても誰にも止められず、全てが自己責任の世界でした。

    4歳から6歳までの間、同じ年代は花さんだけ。いじめられることもあったけれど、その分喧嘩して逞しくなったといいます。テレビやテクノロジー系は全て禁止で、基本的に自然の中で過ごす日々。筆者はこの話を聞いて、現代ではなかなか想像しにくい、まるで映画のような幼少期だなと感じました。

    ご両親は花さんに「勉強しなさい」「大学に行きなさい」と言ったことが一度もなかったそうです。中学も高校も全て自分で考えて進路を決めてきたといいます。

    「良い反面、もう少しレールの敷かれた人生を歩めたら楽だったなとも思いますけどね。」

    花さんはそう語りながら、カプレーゼを一口かじり「ウンマ!」と言っていました(笑)。

    箱の中に馴染めなかった小学校時代

    6歳まで山の中で育った花さんにとって、小学校という環境はとても窮屈だったそうです。

    「女の子の友達ができなかったんです。自分は野生児だったから、男友達は多かったんですけど。ドッジボールとか鬼ごっことか、とにかく走り回っていました。」

    グループ作りが苦手で、女の子特有の「トイレ一緒に行こう」といった文化にもなかなか馴染めずに苦労したそうです。

    しかし小学6年生になると、かつて関わることのなかった子たちとも仲良くなり、男女10人の友達グループができたそうです。好きな人を言い合ったり、少女漫画を読んだりして、「女の子らしさ」も身につけていきました。

    「両方のペルソナを持てるようになったんです。」

    山で培った逞しさと、女の子同士の世界で学んだ柔らかさ。この二つを併せ持つ花さんの原点は、ここにあるのかもしれません。

    閉塞感の中で芽生えた海外への憧れ ― 中学時代

    地元の中学校に進学した花さんは、卓球部に所属しました。本当はバドミントンやテニスがやりたかったものの、女性特有の閉鎖的な人間関係から距離を置きたくて卓球部を選んだそうです。

    「小学校より中学校の方が閉鎖的に感じました。制服を着ないといけなかったり、ルールが厳しかったり。見えないヒエラルキーに悩まされました。色々な人と仲良くなりたいのに、友達グループ以外の人と話すと『なんでその子と話すの?』って聞かれるんです。」

    中学校にはあまり楽しい思い出がなかったと花さんは振り返ります。

    そんな花さんに転機が訪れたのは中学2年生の時でした。帰国子女の友達ができ、そのオープンな性格に憧れを抱くようになったそうです。それをきっかけとして、2週間のマルタ留学に参加。英語は全く話せなかったものの、日本を初めて飛び出して見たことのない世界に触れる楽しさに目覚めました。

    「英語ができるかどうかは関係なくて。自分の知らない世界をもっと見てみたいと思うようになったんです。そこから長期留学を考えるようになりました。」

    中学校での閉塞感を経験したからこそ芽生えた外の世界をもっと見てみたいという気持ち。それが花さんの人生を大きく動かしていくことになります。

    ダンスに捧げた高校時代

    マルタ留学の経験から、海外と関われる環境を求めて七里ヶ浜高校を志望した花さん。中学2年の夏から受験勉強を始めましたが、結果は不合格でした。

    落ちた瞬間は悲しかったです。でも、周りの友達が志望校に受かっているのを見て『おめでとう』と声をかけました。その時に塾の先生が『花は凄いよ』と言ってくれたんです。勉強の結果じゃなくて、自分の人間性を褒めてもらえたのが何よりも嬉しかったと花さんは語ります。

    併願で受かった私立の鵠沼高校に進学した花さんは、そこでダンス部に初心者として入部します。全国大会に出場するような強豪校で、周りはバレエ経験者ばかり。部活紹介で見たパフォーマンスに心を奪われ、入部を即決したそうです。

    「最初の1年は何もできなくて、体も固かった。大会のたびに一番後ろや一番端に並ばされるのが悔しかったです。でもその時に、自分にしかできないパフォーマンスを追求する美学を学びました。人と比べないことの大切さに気づけたんです。」

    そう語る花さんが力を入れたのは、ダンスの技術ではなく「顔の表現」でした。自分の個性が唯一生きる場所を見つけ、表現することの楽しさを知ったそうです。同年代の19人の仲間達と毎日何度も泣きながら話し合いを重ね、ついに全国大会の出場が決定しました。しかし、コロナの影響で大会は中止になってしまいました。

    それでも、朝練から放課後練までダンスに明け暮れた高校生活は「めっちゃ楽しかった」と花さんは振り返ります。そしてコロナ禍で家にいる時間が増えたことで、自分の将来について深く考えるようになりました。ダンスで知った表現の楽しさから演劇への興味が芽生え、映像の仕事をしているお父さんに相談したところ、「アメリカで演技を勉強してみれば?」と背中を押されたそうです。

    語学学校 ― 自分を追い込む日々

    高校卒業後、花さんは語学学校に通い始めました。語学学校と並行して、演技の学校にも自分のバイト代で通っていたそうです。

    「朝は始発で家を出て、電車の中でパソコンを開いて勉強。授業が終わったら地元に帰ってバイトして、休日は演技の学校に行っていました。電車の中とバイトの休憩時間が勉強時間でした。」

    語学学校の校風は「Hard but 楽しい」。この1年間の経験によって、自分の限界に打ち勝つ習慣が身についたと花さんは語ります。その後のバークレーでの生活に通じるものがあったそうです。

    渡米 ― 演技を通して人間を深く知る

    留学先は、元々イギリスとアメリカで迷っていたそうです。イギリスはシェイクスピアで有名ですが費用が高すぎるため、比較的安いカリフォルニア州のシトラスカレッジに通うことに決めました。渡米前の英語力はTOEFL ITP 480。不安はあまりなく、ワクワクの方が勝っていたといいます。

    アメリカで最初に感じたカルチャーショックは、演技のクラスでのことでした。

    教授に自分のパフォーマンスについて聞かれた時、私は「緊張してうまくできなかった」とネガティブなことを言っていたんです。でもアメリカ人たちは自分の演技に自信を持っていて、堂々と良かったと言っている。教授にも「花はいつもネガティブな自己評価をするけど、もっと自信を持ちなさい」と言われました。

    英語力の向上には、演技で必要なセリフの発音を友達に聞いたり、アメリカ人の彼氏との日常のやり取りが大きかったそうです。

    「英語でコミュニケーションを取らないといけないから、言えないと口喧嘩で負けるんです(笑)。だからこそ、なるべく自分の感情を言葉で伝えるようにしていました。」

    コミカレでは演技に打ち込み、60人の中から13人に選ばれるオーディションにも合格。しかし、アメリカ2年目には家族に大きな問題が起き、心が折れそうになる時期もあったといいます。

    「その時に救ってくれたのが演技でした。ネガティブな感情も、オーディションや出願エッセイ(PIQ)に昇華させました。」

    辛い経験さえも表現の力に変えていく花さんの姿に、筆者は強い感銘を受けました。

    UC Berkeley合格

    コミカレ生活を経て、遂にUC Berkeleyへの編入が決まりました。合格した時の気持ちを聞くと、花さんの答えは意外なものでした。

    「普通ですかね。受かるだろうと思っていました。UCLAの方がTheaterの倍率が高かったので。」

    語学学校での過酷な日々、コミカレでの演技への全力投球。積み重ねてきた努力に裏打ちされた、静かな自信がそこにはありました。

    演劇と心理学 ― 世界平和への道

    花さんは現在、UC Berkeleyで演劇(Theater)と心理学(Psychology)のダブルメジャーを専攻しています。

    演劇を選んだ背景には、花さんのルーツが深く関わっていました。

    「おじいちゃんとおばあちゃんが沖縄戦を経験したウチナーンチュなんです。その影響もあってか、小学生の頃から図書館で『はだしのゲン』をずっと読んでいました。元々はユニセフとかで働きたかったんですけど、ずっと戦争を勉強していると心が辛くなるんです。」

    そんな時にお父さんから言われた言葉が、花さんの進路を決定づけました。「辛い思いや考えも舞台やスクリーンを通して、同時にたくさんの人の心を動かして芸術に昇華できる職業が俳優なんだよ」と。

    それを聞いて、「それだ!」と思いました。

    心理学をダブルメジャーに加えたのは、バークレーでの出会いがきっかけでした。トラウマを使った演技の授業を受けた時に「自分は全然人間のことを知らないじゃないか」と悔しくなったそうです。この経験から、人の心を学ぶ心理学の道にも踏み出しました。

    Berkeleyでの生活

    UC Berkeleyの雰囲気について聞くと、花さんはこう語ります。

    「やっぱりとんでもない人が多いです。何かに飛び抜けている人ばかりで、みんな良い意味でオタク気質というか。ダブルメジャーにマイナー、インターンシップや起業など、マルチに活動している人たちに囲まれています。」

    そんな環境の中で、花さん自身も大きく成長したと語ります。

    留学を通じて得たもの

    留学前と比べて自分がどう変わったかを聞くと、花さんはこう答えました。

    「先入観で人を見なくなりました。色々な人種がいて、色々なバックグラウンドを知ったからこそ、生まれた場所や皮膚の色で人を判断せずに、その人の心を見るようになったんです。」
    これにはブルーハーツ好きの筆者もとても共感しました(笑)。

    そして、留学で得た最大の学びは「全部自分で意思決定して、責任を持たないといけない」ということだったそうです。親元を離れ、頼れる人がいない環境の中で、自分とは何者なのかを問い続けてきた花さんの言葉には確かな説得力がありました。

    これからのキャリア ― インティマシー・コーディネーターへの道

    将来のキャリアについて聞くと、花さんは心理学と演劇を融合させた仕事を探していると教えてくれました。

    「インティマシー・コーディネーターになりたいんです。俳優の心を守る役割で、日本にはまだ2人しかいない。Netflixでも最近導入する動きがあって、アメリカでは3〜4つの会社でその資格を取ることができます。」

    演劇と心理学、そして自身の経験を掛け合わせた唯一無二のキャリアを目指す花さん。その眼差しはとても真っ直ぐでした。

    留学を目指す人へのメッセージ

    最後に、これから留学を目指す人へのメッセージを聞きました。

    「自分でしか自分の正解はわからないから、自分の心を聞きな。あなたが感じたことが全て正解だから、それを信じな。」

    力強いですね。

    そして、女性に向けてはこう続けます。

    「色々な愛の形を知るために、外に飛び出しな。」

    かっこいいですね。飾らない言葉の中に、花さんの優しさと強さが詰まっています。

    そして、そんな花さんにとって、留学とは一言で言うと何でしょうか。

    「Who am I をずっと問い続けること。」

    山で育った野生児が、湘南のダンス部で表現の楽しさを知り、海を渡って演劇の世界に飛び込んだ。小学校での孤独、中学校の閉塞感、コロナによる全国大会の中止、アメリカでの葛藤 ― 幾多の困難を乗り越えながら、花さんは常に「自分とは何者か」を問い続けてきました。UC Berkeleyで演劇と心理学を学ぶ彼女の姿が、これから留学を目指す人たちの勇気になることを祈ります。